夢捨てず持つこの友は

貧困・・・吾人は何故に酒をのむのか、聖人君子みたいな事を言ふ勿れ、一杯の酒に生活の苦を忘れ心の疲れを

     いやし、日頃のウップンを晴らし、或る時は動物本来の原始的な姿にもどり、明日への生活へ新鮮味

     をもたらせるのだ。        

                      



貧しかる家内( ヤウチ )と知るか
    縁談をひかへ目にして客は帰りぬ

かたくなに友の好意をことはりし
    吾が性かなし貧の力みに

喜びは君につくべし苦しみは
    吾のみ耐へなむ愛する妻ゆえに

疲れ伏す妻の背をさすりつつ
    金を借る相談す雨ふる夕

なにごとも我慢せねばといういふ妻の
    言葉にいたく腹立つ朝なり

生涯の思ひ出とならむ修学旅行に
    とぼしき中より吾子を発たせぬ

悲しみに耐いなむ時よ早く起き出て
    朝日さしこむ浜をながむる

石一つそっと拾ひて思ひきり
    海に投げたりこの淋しさに

深酒のわれをなだめつ手を取りて
    妻と子供ら床につかせぬ

少年時の夢捨てず持つこの友は
    目を光らせて貧しく生きる
凍み解けし今朝ゆく道はぬかりゐて
    歩むは重しわが人生

うつろなる眼開きて吾をみつむ
    眠りなかばの幸祈る

人思ふいとまもあらず一生を
    ただひたむきに貧に生き居る

わづかなる額の貯金を下げること
    恥ずかしき思にて窓口に立つ

一杯の焼酎に酔ひて心中を
    ぶちまけて帰る雨上がりの月

とぼしくも思ひ高かれかく言ひて
    論語を説ける君はかなしも

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