北国のひなびた宿から・地に足をしっかりと着けて歩け

雪にもいろいろあって、ぼたん雪、こな雪、さらさら雪、ざらめ雪、吹雪…色々あって、雪の降る状況も、しんしん、こんこん、ぽとぽと、ひゅひゅう…色々ある。


「地に足をしっかりと着けて歩け」と北国のひなびた宿の二階の部屋で二人炬燵に入りながら、私は窓から雪

が降るのを眺め、父は熱燗の酒を飲みながらしんみりと語っていたのを思い出します。

私は同じ北国の宿の窓から雪が降っているのを眺めて居ると、なぜか父が雪と一緒に天から降りて来ている感

じがし、父の性格をも雪が表しているような気がした。雪にもいろいろあって、ぼたん雪、こな雪、さらさら

雪、ざらめ雪、吹雪…色々あって、雪の降る状況も、しんしん、こんこん、ぽとぽと、ひゅひゅう…色々あ

る。

父は赤みのある丸顔で背はあまり大きくなく腹は小さな狸位に出て、熱燗の酒を飲みながら低い声に重みが乗

る感じの声でどちらかと言うと、ぼたん雪でぽとぽとと言う性格だと思っている。ただ、この雪の降るこの

時期になれば決まって何故か「地に足を着けしっかりと歩け」と言う父の言葉を思い出し、私は父の言った事

はしっかり胸に刻んで、今も仕事にも生かしている。この言葉と北国のひなびた宿からの雪が降っている景色

と父と最後の旅行を偲んで三年振りにこの宿に来ている。

私はこの雪が降る季節にふんわり大きく積もった雪の上を歩くのが好きだ。ぼたん雪が頭に頬の大きく柔らか

く冷たく心地良さを感じ、ずぅと地平線まで白銀の世界が広がり雪の妖精が舞い踊りまるでおとぎの国が綿帽

子の白銀の世界になっている。

白銀の世界の地面に降り積っている雪の上を歩いているとき、アッと思った地の上を歩いてない、地面の雪の

上を浮いて歩いているのだ、地に足がついてない宙に浮いているのである。「地に足をしっかりと着けて歩

け」と言った父の言葉が脳裏を走ったが。大きな雪が顔にあたり水になって頬をつたって流れ、その冷たさに

クスクス笑いが込みあがってくるのである。

あの重みが乗った低い声で「地に足をしっかりと着けて歩け」と言っているかのように、西の方からうっすら

と雪空の雲が虹色に輝いて見えた、目の錯覚か自分だけに見えたのか不思議な空模様だった事を思い出す。

その頃から新雪が降り積もった上を裸足で歩くことが宙に浮いている気分で好きになったように思える。

不思議に父と来た北国の宿は私にとって現実と過去の遠い記憶と優しく癒してくれる場所なのかもしれない。      

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