小樽運河の橋

小樽運河をセピア色のまま閉じ込めて描き続けてきたことは


小樽運河の橋

夏の陽射しが運河の河面にチラチラ反射し、その陽の間からグレ−の麦わら帽子が陽の光をさえぎり、まる

でUFOのようにふわふわ宙に浮かんでいるようにみえた。それに引かれるように橋から運河へ降りる階段をゆ

っくり降り、その帽子に近づいたら、運河の河辺の石垣に腰を掛けていた老人が、私の方に笑顔を見せゆっく

りした足取りで近づいて来て、もの静かに柔らかい口調で話しかけてきた「あなたが運河の橋から私の方に近

づいて来るのを見ていたら何かえらい気になって」と言うのである。私も「いや橋を渡っていたら運河の河面

になんかチラチラした物が見えたもので何かと思って」と言うと、私がここに来るのが解っていたかのよう

に、その老人は静かにゆっくりした口調で話しはじめた「子供の頃父親と小樽に来て以来、毎日小樽運河の橋

の上から行き来する船を眺めていた頃を想い出していた。父もこの運河の船で働いていた、私はいつも運河の

橋の上から働く父の姿を眼で追いかけて、その父の姿と運河の光景を小さく折れたクレヨンで、馬糞紙に描く

のが、私の楽しみの一つだった。橋の上で父が仕事から帰って来るのを待っていると、夕日を背負いながら橋

を渡って来る、父の姿を見たときは小躍りして喜んだものだ。父の日焼けした黒い顔から白い歯を見せ

「よぉ」と両手を上げたその手で、肩車をされて一緒に帰るのが嬉しくて、父に甘えられるときであった。

そのときの思いを自分一人の中に閉じ込めておきたい衝動が、子供の心と胸を熱く呼び起こし、その時から毎

日その光景を描くのが日課のようになり、心が小樽運河の中に吸い込まれるような感覚を覚えた。それ以来小

樽運河を描いていると、黒く日焼けした顔から白い歯を見せ、橋を渡って来る父を待っていた光景が、脳裏の

中に鮮明に残るようになっている。その時から70余年小樽運河の移り変わりと云うか、今日までの運河の歴史

を描かせてもらっている。そんな思いに耽っているとき、お天道様の光が目に入り、眩しさに目を細めたら、

人影のようなものが橋の方から近づいて来たので、一瞬父が帰ってきたのかと」と語り、運河の河辺の石

垣の上の埃を麦わら帽子で払い、ゆっくりと腰を下ろした。

運河の道沿いの石垣に数枚のパステックのような色鉛筆で描いた絵が並べてある。その絵は小樽運河の河辺に

立ち並ぶ倉庫と、運河で働く人々が息も荒く駆けまわっている姿が川を昇っていく竜のように描かれている。

70余年自分一人心の中に閉じ込めて来た小樽運河をセピア色のまま閉じ込めて描き続けてきたことは、老人

にとって自分と父の二人だけの小樽運河の橋なのかもしれない。誰よりも小樽運河を描かせたら、日本で一番

だと思っているに違いない。小樽運河のおかげで充実した毎日を過ごしてきたことに満足しいるのか、遠くを

見つめる眼差しで運河の橋を見つめている。夏の陽射しも柔らかに河面に反射した、陽の影で額の皺が深く見

えた。運河の橋を笑いながら階段を降りて来る父を見ているのだろうか。肩車をされ甘えながら一緒に帰った

日の事を見ているのだろうか。河辺の石垣に座ったまま老人はぴくりっとも動かなかった。 

2011.08.05 

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