短歌の世界 池田幸一郎 第四巻 ・無明の煩悩を断ちきった時、人間は一切無に帰一する

既に巻一.二.三.とノ−トを終え、快心の作?も八百首を数えるに至った。いずれも表現、技巧、感情の盛上がり

が不充分で汗顔に堪えない。わが愚才を冷笑するものである。益々勉強、研究して完成を期したいと願う次第で

ある。



河またぐ送電塔は高くして
  雲はろばろと高台に消えぬ

弟等の住む高台を喘ぎ行き
  路傍の石に腰おろしたり

風荒き高台より望みたる
  鮫の湊は潮にけぶれり

晴れとほる冬の朝を出で来り
  映画館にひしめく若人にまぢる

魚やの臭い凍りて冬の陽の
  鈍き街中われ帰りこぬ

水底に光とどけば藻のゆらぎ
  色めき立ちぬ春浅くして

夕映えのよわき光を背に受けて
  いかつり人は身支度をしぬ

時化あとの河岸に並ぶいか船の
  出でむとすらし人さわぐ見ゆ

濃霧にてわが行くところ帰港地を
  おぼつかなくも船の上は見る

新しく積み重ねたる薪束の
  切口に強く夕日輝く
海猫は空のくもりに啼けれども
  おりおりは磯の砂地におりる

おほどかに甲田の峯に落つる日の
  たまゆら青き光を放つ

凍み解けし今朝ゆく道はぬかりゐて
  歩む道は重し我が人生も

水晶の様につめたくいすむ空気
  元旦の朝日雪をはく

決断のつかざるままに歩みきて
  護岸にあたる波を見て立つ

子供らは砂原であそぶみゆ
  走る子ころぶ子声騒がしく

大いなる希望いだきて帰る路
  見れば雄々しき臥牛の峯々

夕茜はらめる雲の束の間の
  輝きに似て君はすぎたり

一瞬に風吹き変わりわが手さえ
  みえずなりゆく雪けむりの中

怠惰なる心いくらかひらけんか
  雨にうるおう木立を歩む
とぼしくも思ひ高かれかく言ひて
    論語を説ける君はかなしも

はらからの諍い続くに出で見れば
    まだ日の射さぬ海は静けき

ほゆべきか否かに迷ふまなこして
    近寄る吾を見守る犬かも

父われにだかむと末の子は
    ころげる如く坂を下り来る

わがために送りてくれし紅玉の
    いたみしことは母に語らず

波よする浜辺にたちてとつくにの
    船見つ居ればのぞみ湧きくる

ある日ふと許しこうような目つきせし
    捨て犬に会いて道を変えたり

苦しめば報いらるる日いつか来んと
    言ひつづけし君は逝きけり

いつよりか友の便りも無きままに
    ひしひしと五十を南下する冬

自が国の文字と言葉をもてあます
    おろかなる世に子は学び居り

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